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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4521号 判決 1968年11月14日

原告

伊達知見

ほか二名

被告

進和荷材株式会社

主文

被告は原告伊達知見に対し、二二万二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年五月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告伊達知見のその余の請求および原告伊達亮秀同伊達喜久代の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら――「被告は原告伊達知見に対し、二二万二五八二円、原告伊達亮秀、同伊達喜久代に対し各一〇万円ならびに右各金銭に対する昭和四二年五月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。右の原告伊達亮秀、同伊達喜久代の請求が認容されないならば、被告は原告伊達知見に対し四二万二五八二円およびこれに対する昭和四二年五月一四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告――「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告らの請求原因

(一)  交通事故の発生

昭和四〇年四月二六日午後七時一五分頃、東京都大田区馬込町東二丁目一〇七番地先の国道通称環状七号線路上において、原告伊達知見が自転車(以下原告車という。)に搭乗して、春日橋方面から通称長原街道方面にむけて進行中、折柄反対方向から進行してきた訴外岡本征孝運転の普通貨物自動車(品四に七三五七号、以下被告車という。)に側面から衝突され、路上にはねとばされ、よつて頭部顔面打撲擦過傷の傷害をうけた。

(二)  被告の地位

被告は、被告車を所有し、その被用人訴外岡本征孝をしてその業務のために運転させ、もつて被告車を自己のため運行の用に供するものである。

(三)  原告らの蒙つた損害

(1)  原告伊達知見は、原告伊達亮秀、同伊達喜久代の長男であつて昭和四二年五月当時高校二年に在学し、一六才である。

(2)  原告伊達知見の蒙つた財産的損害合計一二万二五八二円

(イ) 六四六〇円

原告知見が入院加療中、治療のための氷、氷のう、補給食糧等の購入費および附添看護婦への謝礼金

(ロ) 一万四八〇〇円

原告らの通院交通費および原告亮秀の長崎県からの帰宅往復交通費

(ハ) 二一二二円

本件事故発生当時長崎県在住の原告亮秀に対する連絡のための電報電話料

(ニ) 四二〇〇円

原告知見は本件事故発生後約二ケ月間通学できなかつたため、家庭教師により補習教育をなさしめた際の同教師に対する一回三〇〇円の割合による一四回分の報酬

(ホ) 九万五〇〇〇円

原告知見は受傷直後、訴外杉本病院で応急診療をうけたところ昏睡状態に陥つたため、訴外安田病院に入院し、事故発生後五日目に至つて意識を回復したものであるが、同院医師の診断によれば、後遺症の有無を確実に判定するには今後一年に三回宛三年間にわたつて脳波を測定検査する必要があるから、これが測定検査費用として四万五〇〇〇円を要する。また後遺症治療費として少くとも五万円を要する。

(3)  原告らの慰謝料主位的には原告らにつき各一〇万円、予備的に原告知見につき三〇万円。原告知見は受傷当時中学三年次の新学期であつて高校入試を控えた大事な時期であつたところ、受傷のため授業欠席を余儀なくされたばかりか、頭部傷害のため退院後も六か月余にわたり頭痛を覚え、学業に専念できず、学力が低下したため、翌年の高校受験期には都立高校の受験を断念せざるを得ず、さらに脳内に障害の生ずるおそれもあり、異常が生じているとすれば、その将来も極めて憂慮すべきものである。このように原告知見は肉体的、精神的苦痛をうけ、原告亮秀、同喜久代は両親として、将来を託すべきひとり息子の不慮の事故により多大の精神的苦痛をなめ、加えて原告知見に知能障害が生じているのではないかとの極度の不安を払拭しきれない。これら原告らの精神的苦痛を慰謝するには、各一〇万円が相当である。

仮りに原告亮秀、同喜久代の近親者としての慰謝料請求権が認められないとすれば、右両名の精神的苦痛は結局原告知見の精神的苦痛を反映したものにほかならないから、原告知見の蒙つた精神的苦痛を慰謝するには三〇万円が相当である。

(四)  よつて被告に対し、原告知見は(三)の(2)・(3)の合計二二万二五八二円、原告亮秀、同喜久代は(三)の(3)の各一〇万円ならびにこれらに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年五月一四日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かりに原告亮秀、同喜久代の右各請求が認められないならば、原告知見は四二万二五八二円およびこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁および抗弁

(一)  請求原因(一)の事実中、原告ら主張の日時場所において交通事故が発生し、原告知見が主張のとおりの傷害をうけたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実中、被告が被告車を所有し、その被用人訴外、岡本征孝をしてその業務のため、被告車を運転させていたことは認める。同(三)の事実中、(1)の事実を認めるが、(2)(3)の事実を否認する。

(二)  本件事故発生当時、訴外岡本は国道通称環状七号線路上において、車庫に入れるため右折しようとして、一時停車し、対向車がないことを確認のうえ、右折を完了したところ、原告知見は右折を完了した被告車に気付かないで進来し、被告車の最後尾左側面に原告車を衝突させたもので、本件事故は原告知見の一方的過失によるものであつて、右訴外人にはなんらの過失もない。

四、右に対する原告らの答弁

右(二)の事実中、当時訴外岡本が右折しようとしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。当時岡本は環状七号線から馬込中学校方面に通ずる露地へと右折しようとしたものであるが、このような場合自動車運転者は交差点の中央附近において反対方面から直進してくる車両の有無を確認し、直進車があるときは、その進行を妨害しないよう一時停車してその通過をまつが、あるいはその動向を注視しつつ、時には警音器を吹鳴する等直進車との接触衝突等事故の発生を防止すべき注意義務があるのに、訴外岡本はこれを怠り、漫然右折を開始したため、折柄直進中の原告車の前輪に被告車前部を衝突させたもので、本件事故は専ら岡本の過失に因るもので、原告知見には事故発生につき過失はない。

五、証拠 〔略〕

理由

一、責任原因

原告ら主張の日時場所において、交通事故が発生し、原告知見がその主張のとおり傷害を蒙つたことは当事者間に争がない。右事実に〔証拠略〕を総合すると

(1)  本件事故現場は、南方第二京浜国道方面から北方春日橋方面に通じ商店街と住宅地を貫く国道通称環状七号線路上の交差点で、通路幅員は両側の歩道を含み約二四メートル路面は全面平坦なアスファルト舗装で截然と中心線が標示されており、南北に直線にのびる環状七号線はみとおしは良好であり、歩道の縁石に沿い約五〇メートルおきに水銀灯が互い違いに設けられ、夜間でも比較的明かるいこと、ほぼ東西に交差する道路は、車道幅員四・三五メートルで、その片側歩道は〇・四五メートルの幅員を有すること、本件交差点には信号機が設置されていないこと。

(2)  訴外岡本は時速約三〇キロメートルで被告車を運転して第二京浜国道方面から環状七号線路上を北進し、前記交差点にさしかかり、右折しようとしたものであるが、中心線に沿い、交差点中央附近に一時停車して周囲の交通状況等をみると当時交通は比較的閑散で、右前方から対向して進来する二台の自転車を発見し、ついで原告車が対向進来するのを前方約二九メートルの地点にみとめたものの、その速度は遅く、直進して交差点にさしかかるまでには、自車は右折し終えるものと速断し、なお右折すべき道路に、一方通行その他の交通規制がなされていないことを確かめたのち、原告車等南進車両の交通状況を再確認しないまま、かなり急角度に右折を始めたところ、進来した原告車の前輪に被告車の左後部を振り気味に衝突させ、その衝撃で原告知見を原告車もろとも右前方の路上に転倒させたこと。

(3)  他方原告知見は当時小雨の降る中を、傘を荷台に差しこみ、灯火をつけないで原告車を運転し時速約一〇キロメートルで、縁石線から一メートル位の間隔をおいて、春日橋方面から南進していたものであるが、同方行に先行する二台の自転車がきわめて低速であつたため、前記速度から加速することなくこれを追い越し、本件交差点に進入した直後、中心線から左方約七メートルの地点で本件事故にあつたこと、衝突するまで原告知見は被告車に気付かなかつたし、事故発生の危険を感じたこともないこと、を認めることができ、乙第二号証も右認定を左右するにたりない。

右事実によれば、本件事故は、訴外岡本が右折にあたつて、進来する原告車の速度をきわめて低速と見誤つた結果、原告車の交差点への進入前に被告車の右折を完了しおえるものと速断したことならびに、この判断後さらに右折すべき道路の交通規制の存否等の確認に時間をついやし、この間原告車が刻々に対向進来していたのに、その動静について再確認することなく軽率に右折を開始した過失によつて惹起されたものといわざるを得ないが、他方原告知見にもまた必ずしも高速度ではなく北進して本件交差点にさしかかつたうえ、交差点内にあつて、前記のとおり前方および左右の交通状況等の確認をして滞留していた被告車を、事故発生前には全く発見せず(その原由は、前方不注視によるか、注意力の集中不適によるかのいずれかであると推認する。)漫然交差点に進入した点で事故発生につき過失があるものといわなければならない。そして原告知見と岡本との各過失の程度を対比すると、概ね二対八とするのが相当である。

被告が被告車を所有し、その被用人である右岡本をして、被告の業務のため被告車を運転させていたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は自賠法三条所定の運行供用者として本件人身事故に基づく損害の賠償の責に任じなければならない。

二、損害

原告知見は、原告亮秀同喜久代の長男であつて、昭和四二年五月当時高校二年に在学し、一六才であることは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、原告知見は受傷後自宅附近の杉本医師のもとで応急手当をうけたうえ、一旦帰宅したところ、激しく頭痛を覚え、吐気を催し、二回にわたつて右医師の往診をうけたものの、意識朦朧状態に陥つたため、翌日救急車で訴外安田病院に収容され、約二週間にわたつて入院加療をうけ、退院後は数回脳波検査等のため通院し、結局昭和四〇年一二月頃まで時に頭痛を覚えたが昭和四一年に至つてほぼ完治したこと、この間治療のための氷、氷のう等の購入費に四六〇円を支出し、入院中の栄養食品代に三〇〇〇円を要し、附添看護婦に対し謝礼金三〇〇〇円を支払つたこと、入院中昭和四〇年四月二七日から五月二日頃までの間に交通費として二二〇〇円を支出したほか、当時長崎県下で教員をしていた原告亮秀の帰郷旅費および雑費として一万二六〇〇円を要したこと、原告亮秀に対する原告知見の受傷通知と帰郷等の連絡のための電話、電報料として少くとも二一二二円を支出したこと、原告知見は受傷当時中学三年次に在学中のところ、受傷により欠席した教課と学力の低下を補うため、一四回にわたり家庭教師に補習を依頼せざるを得ず、一回三〇〇円の割合により合計四二〇〇円の報酬を同教師に支払つたことがそれぞれ認められ、以上各金員の支出は、すべて本件事故と相当因果関係にたつ損害と解する(因みに附言すると、右のうち、看護婦に対する謝礼金については、原告知見が前記のとおり頭部に傷害を蒙り、一時昏睡状態に陥つたもので、約二週間にわたつて入院加療を余儀なくされたことを併考し、その栄養食品代については、同原告が心身共に成長の途上にあつたことと栄養補給による積極的な体力の回復策が、本件受傷の治癒すなわち損害の拡大防止に必要であつたものと認める)。

ところが原告知見は、本訴捉起後将来三年間にわたつて年三回宛脳波の測定検査をうける必要があり、かつ後遺症の治療費を要するとして、合計九万五〇〇〇円を請求するところ、本件全証拠によるも、右必要を認めるに足りず(尤も知見が入院中一回、退院後昭和四〇年の夏休に二回位脳波の測定検査をうけたことは認められるが、右請求と時期を異にすることは明らかである。)、却つて前掲証拠によれば、原告知見の頭痛も昭和四〇年一二月頃まで自覚されたにすぎず、翌年にはほぼ完治したもので、後遺症はなく、昭和四三年三月下旬頃には、右本人の自覚においてもなんらの異常もないことが認められるから、原告知見の右脳波の測定検査費および後遺症治療費の主張は、到底採用できない。

前掲証拠によれば原告知見は本件事故発生当時中学三年次に在学し、比較的上位の成績をおさめており、翌年都立高校に進学すべく勉強中であつたところ、本件受傷加療のため昭和四〇年五月中旬頃まで概ね欠席せざるを得ず、体育の授業については第一学期中休まざるを得なかつたため、成績はやや低下し、殊に従前得意であり組のキヤプテンをしていた体育科の成績は最下位に転落したこと、同年末頃までは時に通院加療のほか脳波測定検査をうけざるを得なかつたし、この不安と頭痛とのため、焦燥感にかられ、着実な進学準備ができなかつたこと、翌年春都立の商業高校を受験したものの合格しなかつたので、私立高校に進学したこと、中学三年次に原告知見と同成績であつた者は、殆んど都立高校に進学していることが認められる。(本件受傷のため都立高校の受験に失敗したとの点は、これに沿う原告知見、同亮秀らの供述部分があるものの、弁論の全趣旨に照らしてにわかに信用できず、他にこれを認めるにたりる証拠はない。)

右事実によれば、原告亮秀、同喜久代は長男である原告知見の受傷により、かなりの精神的苦痛を蒙つたものと推認されるが、これらの程度をもつてしては、いまだ同原告らに近親者固有の慰謝料請求権が発生するものとは解されないから、同原告らの各請求は棄却を免れない。そこで原告知見の精神的苦痛を慰謝すべき金額について考えると、これを二五万円とするのが相当である。

以上のとおり原告知見は、被告に対し一応合計二七万七五八二円の損害賠償請求権を有するところ、前記のとおり同原告にも過失があるから、これを斟酌すると、原告知見が被告に対し支払を求めうるのは、二二万二〇〇〇円である。

三、よつて被告は原告知見に対し二二万二〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年五月一四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告知見の本訴請求は右限度において正当として認容すべく、同原告のその余の請求ならびに原告亮秀、同喜久代の各請求は、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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